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落語に行ってきました
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<   2008年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧
たがや
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子でございます。なんでもない、ただの落語好き、通というにはまだまだ宿題がたっぷり残っておりまして。大人になったら宿題はなくなるものだと思ってた、と歌ったのはユーミンでしたか。どちらかと言うと、落語よりユーミンに詳しいかもしれない、1960年代生まれでございます。
そんなんが、寄席通いの趣味をただただお話したくて、こんな作文を書いてやがるんですから、全くもって面目ない。
落語通の方はどうかひとつ、前座を眺めるお気持ちで、お目汚しをご容赦ください。精進してまいりますので、今後ともご贔屓に。

さて、夏休み最後の土曜日、全国的に雨が降ってます。
今日は有名な大曲の花火大会ですが、へそ曲がりな私は大曲には行かない。
からっと晴れていたら、今日はこの夏を締めくくる、調布の花火大会に行くつもりでした。ヘソが曲がっているというよりは、経済的な事情ですね。
地元のお祭りも、近所では阿波踊りも、ちっと足を伸ばすと盆踊りも、なんだか逝く夏を惜しむかのようにイベント目白押し。
でもやっぱり、私にとっちゃ、夏は花火ですよ。
夏の始め、私は手帳に、都内近郊の花火大会をぎっしり書き込みます。で、行ける限り行く。なんていうんでしょうかね、あの一瞬のどーん、ぱーん、で、はらはらはらっと消えていく、あの潔さがいいんですね。

橋の上 たまやたまやの声ばかり
なぜに鍵屋といわぬじょうなし

なんてぇ江戸川柳を枕で聞いて、うまいッ!と寄席で膝をたたいたのが、たしか、「たがや」の落語だったかと記憶しています。浅学にして、花火の出てくる話は「たがや」ぐらいしか思い浮かびませんので、今回は「たがや」のご紹介。

場所は両国の橋の上。
折りしも、川開きの花火がぱーんと上がる頃、馬に乗った殿様の一行が満員の橋の上をずいずいと無理やり花火見物で進んでいく。
途中でお殿様と行きかうのが、桶を作る職人、たがや。そのとき起こったちょっとした粗相をわびるが、気位の高い殿様、怒ってたがやを無礼打ちにするといいだしたからたまらない。どうせ殺される身なら、喧嘩上等、たがやは反撃に出て……。

まさしく窮鼠猫を噛む噺なんですが、当時、殿様に逆らう生き方なんて、身分制度を考えたらまったくありえなかったと思うんですよ。
だからこれをきいた庶民は、きっとこの「たがや」にウルトラヒーローを感じたに違いないんです。普段、コンチクショーと思ったって、にこにこしながらも恭しく、へへぇーってこう、こうべを垂れなきゃならない相手なわけでね。そんな相手に対して、たがやが一人、立ち向かっている。
で、最後は、情に厚い民衆の声が下げになってましてね、落語を聴き始めたばかりでしたから、枕の川柳と相まって、私はこの話にスッキリ爽快な感動すら覚えました。
……なんか、私もよほど、鬱屈していたんですかねぇ。

「そのとき」に必要なもの、ってのがあります。
青春時代にはユーミンでしたが、今の私にはそれが落語にとって代わっちまった。テメコノヤロ!と思っても笑ってスルーするのが大人の流儀なら、せめて落語で笑って敵討ちですよ。
恋だ愛だは遠い日の花火のような出来事、今は庶民として日々を地味に生きることに精一杯。だからこそ、逆に、ぱっと咲く花火がこんなにも好きなんですかねぇ。
あ、でも、噺家さんには惚れてるね。
座布団に座ってしゃべるだけの男なのに、まやかしみたいなストーリーを見せられて、笑わされたり泣かされたり、感情を手玉に取られると、魂持って行かれちゃう。
もうちょっと若い頃に落語にはまっていたら、私のご主人様はきっと落語家さんでしたよ。押しかけて寝技に持ち込んで、大きな花火を打ち上げてましたよ。思いっきり、たまや~。
今はそんな行動力はないです。あったとしても、のしつけてお返しされちゃうでしょうしね。
でも、いいの。それが瞬間消えてしまう花火でも、噺を聞いているときに、うまい噺家さんにはドキドキしっぱなし。このときめきは、いくつになってもいいもんです。
ああ、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-08-25 21:46
寿限無
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と書いて、……誰でも読めますわね。
ありきたりの名前に生まれて、せめて格好のいい二階堂とか武者小路とか、そんな苗字に嫁ぎたいと夢を描いていたのに、出会った相方が何の因果か「鈴木」姓。
鈴木、43年目の夏でございます。
このままずーっと鈴木として生き、鈴木として死んで参ります。離婚しても鈴木。どこまでも、鈴木。種田山頭火の詩みたいになってますけれども。
しかも、名前が、ゆう子ですよ。どうですか、この安易さは。
親、もうちょっとまともな名前を考えてくれりゃあいいものを、ゆう子。なんて単純なんでしょうかねぇ。
当時遊びに行った動物園だの水族館だのには、必ずいましたよ。猿のゆうこ、かばのゆうこ、いるかのゆうこ。
せめて私が親になった暁には、凝りに凝った名前をつけようと考えていたんですが、因果って言うのはめぐるものみたいですね。
相方がみそで、みー。私がゆう子で、ゆー。ユー&ミーとくれば、アイちゃんだ。と問えば、京大の猿の名前だと言う。ダメだダメだ、動物につけられちゃうような名前は、お天道様が許しても、私のトラウマが許さないよ。
じゃあ、ユー&ミーから、マイ、ウイ、アワ、アスあたりでどうかと問えば、アワ? 泡踊り? アス? アスホール?と、相方、にっこり下品な言葉を連ねてやんわり却下しやがるてぇ始末。
中秋の名月に生まれて、美月と問えば、すずきみずきって、ずきずきしてない?……読者様の中に、いらっしゃったらごめんなさいね。
ではいっそ満月と書いて、まんげつというのはどうだ。かっこいいぞ、まんげつ。と問えば、まん毛?オレだったら、そんな女子がいたら、絶対に「まん毛」ってあだ名で呼ぶね。って、お前は子どもかよ!な、新人パパのリアクションだ。
ま、そんな相方が後年、ちんげ教という何もしない新興宗教の教祖を語り、私はちんげ教に対して、万華鏡というサイトを始めるわけですから、これもまた因果と言うものなのでしょう。
あの、あくまでも万華鏡ですんでね、ピカピカ光って、毛のない方の。といっても、はげ頭じゃあ、ありませんよ。
ああ、はげ頭で思い出した、産みたてほやほやの娘の、命名のお話でした。
結局、二人で一週間、うんうん考えててできたのは、全国十指に入っちまう、平凡すぎる名前でございました。実際、いのしし村に、娘の名前のイノブタがいたしね。去年、年賀状作りのためにロケ地に選んだ天城いのしし村、そこにいったとき、ああやっちまった、と。……ゆう子と名づけた親を笑えないよ。

というわけで、名前とくればご案内の、寿ことぶき、限り無し、と書いてジュゲムでございます。
かわいさあまって、おめでたい名前の候補を全部くっつけちまおうってんで、長い長い名前ができあがった。
この長い名前でいちいち皆が呼ぶもんだから、騒動があったときには大変で……という、有名なお話。

これは「NHKにほんごであそぼ」でも取り上げられて、小学生なら大半が暗誦できる名前です。いいですねぇ、国民的な名前でありながら、誰もまさか、本当にはつけないというのがいい。息子ができたら、寿限無で決まりだ、そして近所の金坊を殴ったときには、かっちり叱るんだ。と、ほくそ笑んでいたのですが……。
生まれてきた息子は、生まれた早々だけは、とんでもなく美男子でしてね。
赤子ってぇものは、たいてい10ラウンドの試合を終えたガッツ石松みたいな顔で生まれてくるもんと相場が決まってるんですが、そんな定番通りの娘とは明らかに違ってました。何でこんなに美しい赤ちゃんが?と、私は神様とこうのとりさんに投げキッスしましたよ。
まあ、空気に触れて、いろいろいじくってるうちに、ガッツな娘ともそんなに変わらない、残念ながらキムタクとそういうことにはなれなかった以上、半分は相方の血ですから、ちゃんと笑えるご面相に整ってくるわけですが、産みたての頃には親バカ大炎上、寿限無よりはジュテームな気持ちでした。当然、ジュゲム命名大作戦は、あえなく沈没と相成りまして。

この小僧が、生意気にも、八歳になった今「寿限無」にはまっています。
これまた「NHK子ども寄席」を録画したところ、まる覚えして、菊之丞師匠の口調そのままに、いい調子でやってみせてくれます。
簡単な落語を子どもに語ってもらうのは、親の格好の癒しタイムだと、またひとつお楽しみを見つけちまった今日この頃でございますよ。
ああでも、そりゃあ本物の噺家さんの方がずっといいに決まってますから……こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってきます、ホント、マジで禁断症状。
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by u-ko_suzuki | 2008-08-18 09:39
夏泥
毎度バカバカしい作文でゴキゲンをうかがいます。
定期的に寄席通いをしている道楽者の私が、寄席に関する作文を書かせていただくことになっておよそ一ヶ月。しかしなんですよ、この一ヶ月、実のところ全く寄席にいけていないわけですよ。
ああ、なんというていたらく。
夏はね、寄席ですよ。缶ビールなんかもってね、うちわ片手に、浴衣で寄席にいくもんです。目立つんですね、浴衣はね。
うちの小6の娘なんか、客席で、憧れの喬太郎師匠から浴衣姿をいじられて、その感激で浴衣が大好きになり、とうとう今では自分で着付けられるようになりました。娘にとっちゃ、小栗旬より喬太郎師匠。……そのセンスや、よし。良しなんかい! 彼女はジャニーズより柳家びいきですからね、それはそれは夢心地だったようで。
しかも、寄席によっては、浴衣割引があるんです。
ちょいと調べてみましたらね、8月30日まで東京の四つの寄席、いずれも浴衣割引があるそうですよ。
上野の鈴本演芸場は8月16~20日まで3000円 が2500円 に。
新宿の末広亭なら今日から8月30日まで2700円が2200円。
浅草演芸ホールは、8月11~20日は除くけれども、2500円 を 2000円 に。
池袋演芸場なら、毎月1日~20日まで 2500円が2000円になるという……。池袋は、着物割引がありますんで、浴衣の季節が終わっても、和服で寄席に行かれるとお得なんですよ。たんすの肥やしにしているなら、ぜひ引っ張り出してみてくださいな。寄席に慣れない服装でいくと落ち着かないから、よせって? なあに、寄席だけに、ちゃんと芸人さんたちが、落ちをつけてくださいますよ。

さて、噺家さんが羽織を脱いだら、枕がおわって、話の始まり。
私の作文は改行したら話が本筋に。
ってったって、割引でお得だという話が枕なんですから、ここからどうやって噺につなげんだか、自分でも出たとこ勝負なんですが。
お得、なんて言葉から「夏泥」をもってきたら、通の方からはお叱りを受けそうですが、私はこの噺、大好きなんですよ。
真夏の暑い盛り、大工の家に入った泥棒が、その大工とばったり居合わせる。この野郎がひるむでもなく、丁々発止。何も持ってない、道具箱も質屋だ、さあ殺せ!と居直られて、この泥棒、とうとう……。
この噺の、大工が長屋の床板を燃やして蚊を追っ払ってるってあたりが、もう、なんというかろくでなしで、私のツボなんですよ。ろくでなしが堂々と生きていられる、懐の深い江戸文化を感じさせて、たまんないなあと思うわけです。
昨今、ガソリン代も値上がる一方、せちがらくなってますでしょう? 明日のために、老後のために、貯金をがっちりしていかないと、お上も子どももあてにならないよという厭世観がありましょう?
ところが、落語の世界にはまったくないんですよ。実はこんなろくでなし野郎の方が、道楽者なりに家計を切り盛りして眉間にしわよせてる私なんかより、ずっと楽に生きてやがるんです。あら、憎らしい。
何ももってないくせに、豊かなんですね。
なんとも、お得な生き方じゃありませんか。くよくよしたってね、しょうがない。そうそうこんなことはないんだろうけどさ、憂うことなく生きてりゃ、まあ何とか窮地は乗り切れるもんかもしれないぜ、なんて、「夏泥」を聞くたびに、思うんですよ。
悲観的になりそうになったら、お酒に頼るより、薬に頼るより、まずは寄席を一服。浴衣を着て、お得に笑ってりゃ、まあ何とかなっちまうんじゃないかと。そんな風に考えるあたりが、いい加減ろくでなしな気もするんですがね。
ああ、こうしちゃあいられねぇや。また寄席にいってきま……今度こそ、マジ行きたい。浴衣着て。
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by u-ko_suzuki | 2008-08-11 06:36
死神
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
たくさんのコラムが軒を連ねております、お後お目当てお楽しみに、ほんの少しばかり、お付き合いのほど、よろしく願っておくわけでございますが。

私にはオーストラリアに友達がおりまして、といったって、コアラやカンガルーじゃないですよ、私はムツゴローさんじゃないですからね。
同じ年の女性で、同じような体型をしています。元看護婦。その彼女の住むのは、大都会メルボルン‥‥から、さらに西に行った都市パース‥‥から、さらに南にハイウェイを二時間飛ばす、バンバリーという自然豊かな町。
なんたって、裏庭に野良カンガルーが出たり、野生のブルがこないように猛牛返しなる仕掛けが庭に施してあったり、ねずみ返しってのは日本史の教科書にも出てきましたけどもね、片や猛牛、片やねずみですよ。スケールが違います。
どこまでも広がる空。星は降るようで、その満天の星を見て東京生まれの東京育ちの子どもが「怖い」って言ったそうですから、なんともはや。
そんなところで育つと、人間もおおらかです。
その彼女が言うんですね。
「私はたくさんの人の誕生と死に立ち会ってきた。人が生きるというのは一本の線の上にあるもの。生まれたときにたくさんの人におめでとう、といって出迎えられるように、死にゆくときにもみんなに看取られて、たくさんの言葉をかけられて死んでいくべきよ。それは、生まれてくることと同様の価値がある。死に逝く様を周りのものに見せていくのも、大事な最後の仕事だと思うし、残されたものとして、別れの悲しみに耐えるのもまた、生きていくうえでとても大事な仕事だと思う」
‥‥これを英語でね、OZ訛りで、語るわけです。きっと、大自然の人ですから、本当はもっとこう、「大事な仕事じゃけぇの!」みたいな、方言の持つ強さもあったんでしょうけど、私が大意をくむのがやっとの英語力なもんで、そこはまあ、適当に。
いやしかし、ちょっと、考えちゃいました。そのときの私の格好は、シャレコウベと枯れ尾花のアロハシャツ。
夏の怪談話を聴きにいくためだけにちょっと気張って買ったものの寄席に行くチャンス未だなし、という、行かず後家のような服でした。そんな服を着ていたせいでしょうかねぇ、ついうっかりうちのおじいが死にそうで、なんて話しちゃって、そのまま死生観のお話に突入したわけで、猛牛返しの死生観とねずみ返しの死生観、そのまま生きていく足の踏ん張り方みたいなものを感じました。

うちのおじいの枕元に座っている死神は、どっち側なんですかねぇ。
落語に出てくる死神は、頭のほうに死神が座ってりゃあ、呪文を唱えて死神を追い払ってしまえば病が治ると教えます。けど、脚のほうに座ってるのは駄目だ、触っちゃいけねぇととある野郎に教えました。この野郎が、大金ほしさに足のほうに据わっている死神をだまし討ちしたものですから、さあ大変!
・・・と言う、ご存知、「死神」は、私の大好きな噺のひとつ。ハリウッドに進出するような、震え上がるほどのホラーというわけでもないんですが、人の心の浅ましさがもっとも怖いと背筋を少し涼しくさせる効果は十分です。夏は怪談ですよ。

元気に植物状態だったおじいに、いよいよ死期が近づいているみたいです。
がんばってがんばってふんばってふんばって、ずっと寝たきりでも、ただ生きているというその事実だけで周りのものを支えてきた、それこそがそのままおじいの生き様でした。
私はそんなおじいが大好きでした。死神は、多分、もう枕元じゃなく、足元にくっついているんだろうな。しかたねぇや。生まれてきた以上、人は必ずいつか死ぬんだ。でも、おじいはすげぇいい奴で、飲むと飲んだで楽しい漢だったし、田舎で生まれ育って、足腰は猛牛並みに強かったりしますから、きっと死神もさっさとどうこうしようってんじゃなく、なんとなくおじいの魂とじっくり語らっていたりするんじゃねぇかと想像しています。最期のときに、苦しまないですむように、死神さん、ちょいと頼みますよ。・・・今は、そんな気持ちです。
ちょっと切ない心持になりました。こんなときには寄席で笑い倒すのが一番だね。ああ、また寄席に行きたくなりました。
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by u-ko_suzuki | 2008-08-04 15:27