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落語に行ってきました
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<   2008年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧
芝浜
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。スズキユウコと申します。
あら。
今、ネットでお買い物をしたもんだから、名前がフリガナモードになっちまってるよ。
何を買ったのかと申しますと、ポッドキャスティング寄席、ニフ亭の、限定手ぬぐい840円也でございます。
実は私、手ぬぐいコレクターでして。
手ぬぐいはいいですねぇ。
軽くて邪魔にならず、すぐに乾くし、大きさも価格も、使い勝手もいい。
涙拭くハンカチにだって、暑さをしのぐ帽子にだって、これからの季節は防寒のスカーフ代わりに、骨折したときには添え木を当てる三角巾代わりにだってなりますよ。だから、必ず一枚持って出ます。手ぬぐいは便利。財布になったり、煙草入れになったり、手紙になったり……おっと、そりゃあ、噺家さんの場合だ。噺家さんの場合は、私以上に手ぬぐいは必需品。おや、何だい、落語家さんは、そんなにしょっちゅう骨折して添え木に当て布を…、ってわけじゃあ、もちろんなくて、この、手ぬぐいと扇子が、唯一の小道具だったんですね。
もっとも、この小道具をもっともらしく見せるために、ひび、骨を折ってらっしゃるんでしょうがね。

以前、寄席に参りましたら、こんな風景を見ました。
前座さんが、高座返し……というんですか、あの座布団をひっくり返して、お名前を書いたメクリを替えて次の演じ手を客席に知らしめる、一連の作業中に、なぜだか手ぬぐいをひょいと出したんですね。
その手ぬぐいが、なんともかわいい桃の柄。百円ショップで売っているものだったんです。ええ、お察しの通り、私も愛用してたんです。緑の地に桃の柄の、派手なヤツです。
ああ、前座さんなんだなあ、と、思いました。
真打さんはもちろんのこと、二つ目さんは寄席には出ませんが落語会なんかでもまず、落ち着いた色味の手ぬぐいを持ってらっしゃいます。
桃柄のそいつだと、小道具としてはまず使えない。たとえば「芝浜」の皮財布が、軽々しい派手な手ぬぐいだったら、勝五郎に芝浜で拾われる前に、誰かがさっさと見つけちまいますからねぇ。
つまり、小道具が小道具足りえない。
100円ショップ謹製ってのも、なんていうか、大金が入った財布にゃ向きません。
両面染めてあるのではなく、片面だけの安い印刷で、洗えども洗えどもごわごわの質感。糸切り歯でちょいと噛み切って鼻緒をすげることも出来ない、色っぽさとも無縁の、四方を中国人の女工さんががっちり丁寧にミシンかけしました、はんかちニシテハ、アマリニモ長方形デス、ニッポン人不思議ネ。という代物です。
それでも、見習いから前座に上がって、楽屋入りして高座返しをする身の上、その前座さんは中国人の女工さん以上に勤勉に修行されておられるのでしょう。今は100円手ぬぐいでも、いつの日か、前座の年季が明けて、二つ目を経て、真打になり、ご自分の名が入った手ぬぐいを作るその日まで、桃柄ちゃん、ガンバレ!とついつい応援してしまいましたよ。「芝浜」なんかを、すっと演じられるような、あるいは「芝浜」に勝るとも劣らない三題噺をさくっと作れるような、そんな真打ちを目指して。

と、先ほどより「芝浜」の演目がちらちらと入り込んでいて、はい、今回は「芝浜」。
何でも、三題噺ってのがありまして、人、場所、物の御題を、客席から頂く。「酔っ払い、芝浜、財布」の単語を織り込んで、あの名作がその場で作られたものだってンですから、すごいです。歴史的な背景はどこぞの粋人かご隠居にお任せして、このストーリー、アタシは、おかみさんにぐっときちゃうんですよね。
酒が大好きな魚屋、勝五郎がおかみさんに促されて、一足早く河岸に出る。と、海の中には皮財布。あら嬉しや、大金が手に入っちまった。と、それを持ち帰って、どんちゃん騒ぎ、酒を飲んで寝てしまう。しかしそれらは、酔った上での幻で、これは大変……。
アタシがぐっとくるのは、勝五郎のおかみさん大事なところなンです。惚れてるんだよねぇ。
もっともこのおかみさん、肝は据わってるわ、素直だわ、賢いわ。女はかくあるべし、そうすれば大酒飲みだってこの通り。いや、男こそかくあるべし。おかみさんに惚れてるヤツに、悪いやつはいないってんだよね。
ああ、芝浜の二人みたいになりたいねぇと常々思っていましたら、天に祈りが通じたか、ある時、我が家の財産が入った皮財布がなくなりまして!

「あんた、知らないかい」
と聞く私。
「なんだ、そんなものは見ていない。お前、おおかた夢でも見たんだろうよ」
と相方。
どこかできいた会話が、何でうちの場合、反対になるかな。
「あのさ、うっかり使って言い出せないとか、そういうのは…」
「なんだお前、オレを疑うのか?」
「いやそういうわけじゃないけど、……またパソコン買ってるし」
「それを疑うっていうんだっ!」
……とまあ、夫婦善哉とは、全く正反対の方向へ。ダメだこりゃ。
んでもって、その財布はある時、冷蔵庫から出てきたりしやがってね。買い物袋から食品を出して、一緒に、てってこてってこ、しまっちゃったんでしょうね。まあ、我が家の財産はたいした大金でもないんで、私家版「芝浜」は冷蔵庫だけに、冷えた落ちで噺が終わるんですが、飲んでもないのに酔っ払ってる自分だけが、ほんのちょっと悪夢な感じ。
大事な亭主に疑いをかけるなんて、アタシは全くヒドイ女だ。せいぜい家事に精出して、粉骨砕身、立派なおかみさんにならなくちゃと反省しました。まだまだ前座気分でいたけれど、すでに結婚15年。水晶婚式も済ませたベテラン主婦の領域なのに、どうにもこうにも、お恥ずかしい。赤面、赤面。

そんな時にも、これ一枚。
手ぬぐいは、困った顔も隠せて便利です。だから、アタシは必ず持ってます、って、そんな通信販売のCMみたいな話じゃなかったですわね。お値段、800円~1500円。
ああ憎い。冷蔵庫から出てきたものが、皮の財布でなく、せめて手ぬぐいの財布だったなら! 熱冷まシートの代わりにだって、使えたものをさ。
自分の失言を悔やみつつ、反省しつつ、どこぞの大臣ではないので辞任はせずに、なーに、三歩歩けば悲しみも怒りも、ぜーんぶ忘れちゃうのが、唯一アタシのいいところでして。

おおっと、こうしゃいられねぇや、皮の財布は冷蔵庫から出してちゃんと握り締め、寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-29 16:44
権兵衛だぬき
「権兵衛だぬき」

毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
毎週月曜日、好評(かどうかわからないまま)更新中。
単なる落語好きの繰言、今週もよろしくお付き合いのほど願っておきますが。

息子といつものスーパーに買い物にいきました。
出口付近、ガチャポンの前に正座している大きなお子さんがいましてね、あらまあそんなにも欲しい物があるんだなあ、なりは大きくてもまだまだ子どもなんだねぇとほほえましく思っていましたら、うちの小僧、
「おかあさん、あの子見て。あんなところで正座してるよ」
「これこれ、人を指差すもんじゃないよ」
「これから落語でも始めるのかな」
と申しました。
「ガチャポン客に見立てて落語を語る人はいないと思うよ、息子よ」
と、言いました、私。
っていうか、子どもは普通、落語しないと思う。
っていうか、正座したら落語を連想する、そんな落語ファンの息子に育っていることを、誇りに思います。

さて、その息子のお気に入りは「権兵衛だぬき」。
いたずらたぬきが、独り者の床屋の権兵衛の寝入り際を邪魔します。現代で言うところのピンポンダッシュですな。
とっつかまえて、坊主刈りにし、野に放ってやると翌日またもたぬきはやってきて……。

お話がわかりやすくて、それでいてリズミカル。お子様向けの寄席でもよくかかるそうです。
以前息子の友達がお泊り会にやってきたときにも、この権兵衛たぬきを読み聞かせしたときが一番食いつきがよかったですね。
「ごーんべっ」
「ごーんべっ」
と、狸が尋ねてくるあたりでくすくす笑っておりまして、翌日も床をどんどんと足踏みしちゃあ「ごーんべっ」とやっておりました。ああ、この子達に本物の寄席を見せてやりたいなあと思いましたよ、私なんかが読む絵本ではなくね。

ずいぶん前に、教科書に落語が導入されたってんで、学校で、お母さん達相手の落語講習会がありました。
落語は、耳から聞くからイマジネーションが広がるという教育的効果があります。
さらに、話す訓練の基本、コミュニケーションの基本は、聞く訓練からなのに、聞くことがいい加減になってきている現代、落語の再認識は素敵ね。というような内容だったと記憶しています。いやもう、私ごときの記憶力なんで、あてにはならないが、なんたってそのときに落語の読み聞かせ絵本を買ったぐらいですから、私は立派に教育ママさんだ。感化されやすいだけという話もありますがね。
実際に読み聞かせると「ぐりとぐら」のホットケーキぐらいにしか食いついてこなかった息子が、落語の読み聞かせは、食い物が出てこない噺でも、ずいぶんと楽しみにしていました。
「小僧、何飲む?」
なぁんて日常生活で聞いたときに、
「最後に一杯、お茶が怖い」
なんていわれますと、なかなか通っぽくていいものです。権兵衛だぬきの落ちは、日常生活にはまだまだ使えませんがね。
なんていうんですか、これも息子への英才教育の一つなんでしょうか。才能を考えると、今ひとつ噺家さんには向かないし、芸人さんへの道は厳しく険しいのであまり推奨しないんですが、早いうちから寄席の喜びみたいなのだけは、しっかり教えといてやれるといいなとは思ってます。
息子が将来サラリーマンになって、彼のことですからかなりしょぼいミスをして、ああもうこんちくしょう、大川に身を投げて死んじまおうかと思ったりもする、そんな時。すすーっと寄席の木戸をくぐり、「ああやっぱり人生捨てたもんじゃねぇなあ」って思える場所を確保しておいてやれたなら、そりゃあ財産ってもんですよ。
子ども時代の楽しい記憶がありゃあ、大人になってから少々のことがあったって、へこたれねぇ。海外旅行なんてのは、父ちゃんの稼ぎの都合上、夢のまた夢でも、江戸時代にタイムスリップできるってんだから、豪勢だ。
一緒に楽しくお出かけして、水蜜のついた団子やメイプルシロップのたっぷりかかったホットケーキでも食べて、寄席で神楽見て驚いたり、漫才や落語で笑ってさ。くわーっっっっ。いいねぇ。
……おおっと、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-22 11:26
愛宕山
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
にわか落語ファンの、落語にまつわるお話をさせていただくこのコーナー。(コーナー、だったの?)秋風の吹き始めた季節、すでに冬枯れの私のお財布を横目で見ながら、書き進めることにいたします。

先日、ひょいと思い立って、東西落語研鑽会という落語会に行ってまいりました。
パソコンの箱の中には、ミクシという井戸端会議所がありましてね、そのコミュニティーっていう、いわば町内掲示板みたいな場所に、いろんな噺家さんの私製ファンクラブっていうか、恋文公開所があるんですよ。
……って、これはそもそもパソコン持ってる人が読んでるものですから、そんな説明しなくてもググッてもらえばいいですか。いや、それ以前に、そんなのパソコン音痴の私以上にご承知のことと。
でまあ、そこで私はお気に入りの師匠方をチェックしたりしているわけでございますが。
そこで発見しちゃったんですよ。当日券もまず手に入らないだろうという豪華メンバー顔合わせの落語会、場所は有楽町、チケット一枚あまってますのでお譲りしますあります、と。
買うよね、そりゃ、買う。
そもそも、定期的に仕事場のある方は、そこを起点に、移動を前提に、すべての予定が組めるんでしょうが、私のように台所の片隅で原稿書いているような家内制手工業従事者は、まずめったに都心には出ない。だからいくらチケットがあまっていようと、毎回「はいはい、私ソレ行きます」とハイエナのように狙っていくわけには行かないのでございますが、ちょうどその日に限って、ちょっとお仕事の口がかかりまして、銀座に出かけることになっていたんですね。
せっかく都心に出るからには、ただ行ったんじゃあつまらねぇ、帰りに寄席でも…とは思っていたので、落語会、願ったり叶ったり。

さて、その日。
小僧が突然、病院に行かなきゃならなくなりまして、私は朝一で学校に連絡帳を届け、その足で病院に出かけ、二科をはしご。小僧を学校に送り届け、家に戻って相方の昼ごはんを作り、自分の稽古事であるお琴の師匠のところに飛び込みました。出来の悪い弟子にたっぶり稽古をつけてくださる師匠、それですっかりもう時間がなくなって、ええいままよ、そのまま銀座に向かう電車に飛び乗りました。……髪はひっつめで、おたまじゃくしのでかいのみたい。顔はすっぴん、オマケに朝、その辺にひっかかってたアロハを羽織ってる。なんだか、ジャバザハットだったかハットザジャバだったかが、そんな怪獣みたいな自分が電車の窓に映っていました。

一仕事終えて、場所は銀座だ、ここで何とかお召しがえなり、メイクするなり、考えようと思っていたのが、場所だけ確認しとこと思ってついたのが、大型電気屋さんの前。空には呼び込みがピーチクパーチク、その道中の陽気なこと……。
ちょっと流すつもりが、なんとも楽しい大型電気屋さんにはまってしまってさあ大変。気がついたら、落語会の会場時間になっていました。

お察しの通り、落語会では「愛宕山」、小米朝師匠で聞きました。
なんとちりとてちんで有名になった一節、「空にはヒバリがピーチクパーチク」。原作ではヒバリがチュンチュンさえずり」だったそうで。それを渡瀬恒彦さん演じる草若師匠が「ひばりはちゅんちゅん、鳴かんやろ」とのことで、変更されたそうですね。そのとき歴史は動いた。NHK、朝ドラ強し。小米朝師匠、そらもう名人ですからうまいのは当然なんですが、そんな話も織り込みながら、あっという間に客を愛宕山に連れて行き、山いきの一連に、混ぜてくれるわけです。
大阪ミナミの一八と茂八、この太鼓持ち二人が仲良くしくじって、京都で働く。けちなダンナに、愛宕山の参拝に連れてこられてぼやいてばかり。やっと山頂、かわらけ投げをして遊ぶが、ここで旦那が小判をまき始めたからたまらない。

上方落語は、やはり上方の噺家さんで聞かないと。朝ドラでは草若師匠も頑張ってましたけど、やはり本物は違うわ。そしてまた、小米朝師匠は、見目も大変いい男なんですね。昔いい男に噛み付かれてから、いい男がどうも苦手な私としては、テレビで拝見する小米朝師匠に今ひとつ興味を持てなかったんです。枕の、パパが国宝というフリもね、今ひとつ好きになれなくて。
でも、ライブは違いました。うまかったー。いい男かどうか、高座だと顔は関係ないんですね。正蔵師匠も高座に上がっていたせいか、二世ネタもなく、いい感じ。
下げを知ってても、最後まで引き込まれ、笑えました。どんでん返しが入るのも、着地がわからない新作も大好きですがね、熟練の技を見せ付けられて、物語の世界に入り込まされちゃうのが、落語の凄いところですよ。
その日は私も気合十分でしたけど、疲れててついうとうとしちゃった日には、目の前に一大パノラマ江戸絵巻が展開されたりすることもあって、これまた至福の居眠りです。私にとっちゃ、どんなアミューズメントより、落語がいちばんです。

ところで、電気屋さんで電気関係には購買意欲をぐっとこらえた私。小判まくほどはないにしてもさ、これがホントの散財だ、さぞや胸がスッとしてるだろう相方のパソコンがまたしても増えてやがるしね。いつの間にか5台になっていた、備品もざくざく増えているなんてことにも目をつぶって、さ。その分、私が地味ぃぃぃぃに暮らしていけば……って、できるかいっ! 
仕事の日銭も入ったことだし、ここは一杯、やらなくて何の江戸っ子。(埼玉育ち)。久しぶりに落語も聞いたんだ。秋の風情もいいもんだ、まだ満月にゃ間があるが、なんの月見で一杯だね。と、なぜか大型電気店で売ってたお酒を買いましてね、意気揚々と家に帰った。帰って、相方と晩酌だ、ってんで。
相方、ただいま帰りましたよ、いやー、楽しい落語会だった、ライブはいいねぇ。いや、ホント、よかった。今度一緒に行こうよ、まあ今日のところはこれだね、ちょいといい酒を、いい酒を、あらら……。
電車だーっっっっ!電車に、おいてきたぁぁぁぁぁ!
こうしちゃあいられねぇや、寄席に、いやその前に、忘れ物お問い合わせに行ってきます。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-15 17:51
子ほめ
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と申します。名前だけでも覚えて帰っていただけたら……てな言葉、寄席の高座でよく耳にする常套句なんですが、ココをぽちっとクリックして下すった方は、ほぼワタクシを鈴木ゆう子と知ってのことだと思いますんで、本当に、ありがたいことだと思います。
名前を覚えてもらうってのは、それだけで半分、ご贔屓になっていただいたようなもんで。
え、何? ずっと前からの長い付き合いだ? ……あいすみませんねぇ。カム!連は、大変に意気のいい連中がそろっておりまして、たいそう楽しく交流を図りながら、これまた楽しく書かせていただいているんでございますけれども、一番大事な読者様と、顔が見えるところでお話できない、ソレがこのパソコンという箱(またはノート)のもどかしさ。
そんな方のために、コメント欄というものがございます。以前からのお知り合いの方は、
「てめぇ、おれを忘れたか」
とでも大書していただければ、若年性脳梗塞を抱えている身上ではございますが、脳みそを絞りあげてでも、
「へぇ、おなつかしや」
というところまで、持ってまいりたいと思います。ただし、
「てめぇ、貸した金返せ」
と言われた場合には、江戸っ子らしくすぱっと忘たままでいることを予めご了承いただきまして。
コメントの際には、ぜひ褒め言葉の一つも添えていただければ、それはお互いの幸せ。いや、これはこれは過分にお褒めくださり、ありがたい。お前様、調度小腹も減っていようかという時分どき、ちょっとそこでご酒でも一杯いかがでございましょう、てなことに……。

……なるから、口の悪さを改めよとご隠居に言われた八五郎。うまく褒めたら、ご酒の一杯もご馳走になれるときいて、ご隠居に教えられたとおり、お愛想をいう。
しかし、「どうみても厄(年=42歳)そこそこ」と若くいうはすが「どう見ても百そこそこ」って、そりゃ金さん銀さんかい、と聞いてるこっちが突っ込みたくなるとんちんかんな褒めっぷり。悪戦苦闘しながらも、なんとか褒め続けていくのだが、ちっとも褒めていないだけに、もうたまらなくおかしくて。
最後は、生まれたての子どもを褒めに行って、これまた、いい褒め具合。最後までずっと笑える、大好きなお話は、ご存知、「子ほめ」でございます。

まあ、褒められていやな気がする人はいない。特にわが子を褒められていやな気はしない。
それは子どもをもってつくづく感じたことでございまして、今、当時いただいたご恩を三倍返しすべく、赤ちゃんを見かけると「あら、かわいい」「まあべっぴんさん」と、お顔を覗かせていただいては、感想を述べることにしているのでございますよ。
先日、役所で順番を待っておりましたらね、二十代のママさんが書類を書いて、私の隣でパパさんがご自分で抱いた赤ちゃんをじーっと見つめていらっしゃる。目のパッチリした、きれいなお子さんだったのでね、
「うわあ、美人さんですねぇ。すごくきれいな赤ちゃんだわ」
と、いつもの調子で申し上げましたところ、そのパパさんが私をじっと見ましてね。
「そうですか! そうですよね、きれいですよね!いや、きれいな顔だって!褒められちゃったなあ、□□ちゃん、美人さんだって!□□ちゃん、いやあ本当に美人さんだなあ」
と、今度は赤ちゃん振り回してでれでれになってます。ママさん、ボールペン放り出して真っ赤になりながら、あわてて私に
「ありがとうございます!」
そして、そのパパさんに向かって、
「やだもう、ちょっと○○君!」
パパさん、まだ○○君でした。ふふふ。
それはそれはいい光景でございましたよ。一般には親バカっていうんでしようがね、いやあいいもの見せてもらった。ご酒をご馳走になるより、いい心持ちでした。ただの一言で、灘の酒よりじーんと身も心もあったまる気持ちにさせられちゃって、私家版「子褒め」の一説でございます。

その子は本当に美人さんでございましたが、時折そうでないお子様の時があります。そんなときには便利な言葉が「まあ元気そう!」「あら、賢そう!」
しかし、まかり間違っても、「男の子ですか?」と聞かないのが礼儀ですよ、八五郎。女の子ですかと聞けば違ったときには「あら、優しそうな顔立ちをしていらっしゃるので女の子かと思いました」といえばいいんですが、男子に間違えられると、元気そうといわれようが、賢こそうといわれようが、親と言うのは腹が立つものなんですから。……と、気持ちはすっかりご隠居さんなワタクシ。
思い出します。
髪の毛が生えてこなくて、毛糸でリボン結びしたり、できるだけピンクのひらひら着せたり、奮闘努力の甲斐もなく、「男の子ですか? いい面構えだわ」とか「うわー、よく太って!」などといわれ続けた相撲部屋候補の我が娘の、切ない赤子時代を思い出して、いまだ腹が立ちます。
………。いけねぇ、腹の虫がおさまらねぇや。
悪気がない八五郎の間抜けな褒め台詞でも聞いて、笑い飛ばしてこないことには。
ああこうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-08 09:57
長短
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と申します。ほんの1000文字程度、お付き合いをいただきます。
1000文字なんて申しましても、ご存知ない方には、そりゃあいったい何文字だいってなもんで。
いや、何文字と聞かれれば、1000文字でございますと、もじもじしながらお答えするわけでございますが。
アナウンサーのトレーニングでは、1秒で5文字だそうですね。大昔、放送劇なんかを手がけたときには、「原稿用紙400文字二枚で三分」が一つの目安でございました。けれども、まあね、そこはそれ、調整なんぞは簡単なんでございますよ。
困ったときには、「………」って、ゴルゴ13みたいにね、しゃべらないで間をとっちまえばいい。効果音なんかフル活用して、時間を稼ぐわけでございますね。
そういや、そんなこと思いついて、実際に小説の中でやっちまった作家先生がいらっしゃいましたねぇ。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
……らちがあかないが、原稿量は稼げます。しかし、調子に乗ってこれ、放送劇でやると、放送事故扱いですね。
そういや、番号の号令ってのもありました。
「番号」
「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「元へ。声が小さいっ!もう一度!」
「はっ。1」
「2」
……って、人物を出せば出すほど、原稿料が稼げるって算段。うまいこと考えましたよね。
ああ、実は物書き家業をやっている身上、一回やってみたかったんだ。これ。長年の夢が叶ったわ。
でも、話は全然先にすすみゃしないわけで。
読んでるほうは「てぇーいっ、まどろっこしいや、そんなのはぱらぱらぱらっとめくって、読んだことにしちまえばいいんだよっ」って、思いそうです。
読んだことにしたって意味はないわけですが、私なんかどうにもせっかちですから、なかなか進まない話はどうも苦手で。
まあ、私の書いたものを読んだからといって、どってことない。いっそ、読んだことにしちまって飛ばしたとしても、まったく問題がないってことが、一番大きな問題なんですがね。

しまった、そんなことを書いていたら、もうそろそろ話は佳境に入ってなきゃいけない頃合。いけねぇ、大切な落語に触れないで、終わっちまうじゃあないですか。
全く、気の長い枕で申し訳ございません。
抱き枕なんかは長いほうがこう、足をぎゅっとね、からめてはさみこんだりなんかして、心地がいいんですが、話の枕とアレばっかりは、うふふ、長すぎちゃっても短すぎちゃっても、いけません。特に殿方のアレは……アレ、たぁ「気」のことでこざいますがね。いや、もう今回、気の長い枕で、本当に。
噺は「長短」。

気の長いゆっくりペースの長さんと、気の短いせっかちな短七は幼馴染。今日も今日とて、長さんのしゃべりをきいて、焦れまくる短七。「けど、お前さんとあたしは、どーっか気が合う」と長さんに言われるまでもなく、短七はイライラしながらも長さんが大好きだ。そんな長さんの助言に、短七は……。

あらすじはいつも簡単すぎるほど簡単、せっかち短七モードで描ききると、こんな感じになります。きっちり落ちまで書いちまったら、つまんない。まあ、たいていの場合、「教えないほうがよかった」って気分ですわね。
じゃあココから何か別の話がくるかってぇと、私の性格はめいっぱい短七モードですから、ってやんでぃ、こちとら気がみじけぇんだ、文字が1000文字を越えたら、おしまいでぃ!

……しまった、この時間切れの結び大作戦は、「宮戸川」で使おうと思ってたんですが、もう出しちまった。短気は損気だねぇ。
まあ、何年後か、もう忘れられた頃に使えばいいか。あらら、今度は俄然、気の長い話になったもんで。
「長短」
いいですね。しみじみ、いいですよ。これはね、回数重ねるごとに、それぞれの噺家さんのしぐさのうまさやキャラクターの作り方がどんどん染みて来て、長短がかかると「やった!」と小さくガッツポーズですよ。
ああ、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-01 08:34