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落語に行ってきました
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<   2008年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧
子はかすがい
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがってまいりましたが、本日が最終回ってぇことになりますか。
どれぐらいの方がご訪問下さったのか存じませんが、ご愛顧ありがとうございました。
光陰矢のごとし、などと申しますと、うちの相方が必ず、肛門屁の出口、などとつなげてまいりまして。
ギャグ系の漫画家と一緒に暮らすってぇのは、なかなか面白いもんがございまして、我が家では子ども達、勉強なんか出来なくても全然かまわないんですが、「笑い」はとらなきゃあ、いけない。
だらだらしゃべるのもダメ、愚痴もおかしくなくちゃダメ、「それで落ちは?」と言われたら負け。
「勉強したの?」と聞かれるほうがずーっとラクです。
と、娘が作文に書いてたらしく、個人面談の時に担任の先生に「これ、ご覧ください」と言われた時には、どうしようかと思いましたよ。いてててて。

そんな娘ですから、慣用句にめっぽう弱い。
「馬の耳に、といえば」
「真珠」
……ピアスかよ。
「あ、ちがう、猫だ、猫に真珠」
ちがう。ブタだ、ブタ。あんまり私にブタブタ言わせるなって。ってなやりとりが日常です。
「子はかすがい、って知ってるかい?」
「子は、カスがいい? バカな子ほどかわいい、ってこと?」
……はい、こんなおバカな娘が、カスみたいな子どもでもですね、いやバカだからこそ、かわいくってしょうがないわけでして。

「子別れ」という演目がございます。
前編、後編に別れていまして、後編だけだと「子はかすがい」と呼ばれたりしています。
酒におぼれた大工の熊五郎、妻と子どもに愛想をつかされ、しかし今じゃあすっかり改心して真面目に働く。ある日、子どもの亀吉に会い、女所帯の辛さを知り、切ない熊五郎。小遣いをやって、ウナギを食べに行く約束をし、そこで元女房と再会し……。

ええ、私は泣き虫ですからね、フランダースの犬でも、アルプスの少女ハイジでも、決め台詞一つですぐに泣けますから、当然、この「子はかすがい」でも、おんおん泣きます。
寄席に行くのは私の息抜き、大いに笑って免疫力を上げて、幸せいっぱいな異空間なんですが、この「泣く」ってのもまた、健康にはいいそうですね。涙に心の中の悪い成分が入り込んで、体からすっかり出ちまうからでしょうかね。
うちはオヤジが無類の酒好き、酒が入るとそりゃあもうロクデナシでした。
九州育ちでしたから、酒はいると、方言しか出なくなって、何言ってるのかわかんなくなる。で、ほどなく、コミュニケーションギャップが原因で、夫婦喧嘩が始まるわけです。
酒さえ入ってなきゃなかなかのイケメン、無口で不器用だけど優しく、そりゃあもう一生懸命仕事をする腕のいい大工でして、若い頃の写真なんか、飾っておきたいぐらいのもんで。
「酒さえ飲まなきゃねぇ……」
というのが、私の母の口癖で。
だから、どうしたってこの噺、亀吉の立場で聞いちまう。
最後にハッピーエンドっていうのがまた、うれしいじゃありませんか。
このハッピーエンドで、泣かされる。フランダース的涙というよりは、アルプス的涙、犬的涙というよりは、ハイジ的涙ってわけですね。……なんだろう、犬的涙って?

そんなオヤジに育てられて、長じて、酒が入るとやっぱり壊れちゃうタイプの相方と結婚したってのは、なんなんでしょうかねぇ。
うちは、幸い喧嘩はしませんがね。私の方が、もっと壊れちゃうからね、酒が入ると。喧嘩になるわけがないっていう、なんともお恥ずかしい理由なんですがね。
さて、その相方も、つい先日、健康上の理由で禁酒しまして、どうも潮目が変わる時だったような気がします。
カム!もまた然り。落語の噺にからめて、鈴木家の恥をさらしてまいりましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

しばらくお休みして、様子を見てまた、ちょこちょこ書いていこうかなと思っております。
最後の決め台詞はもちろん、こうしちゃあいられないや、寄席に行ってまいります。
いつの日か、ご一緒しましょう。では、お後がよろしいようで。
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by u-ko_suzuki | 2008-10-27 17:11
ためし酒
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
月曜日の女・鈴木ゆう子でございます。
飲む打つ買う、が大好きな43歳でございます。
もっとも、最近、買うはもっぱら100円ショップ、打つほうのバッティングセンターにも、あまり通わなくなりました。せいぜい、飲むばかりなんですが、これもめっぽう弱くなりまして、今も昨日のワインと焼酎が残っていて、頭の中がフワフワしっぱなしでございます。

大酒飲みと言われた使用人、彼が五升の酒を飲めるかと言うのが賭になり、主人は飲める、ダンナは飲めないに賭けました。ご主人が負けたら大変だ、しかし、五升は果たして飲めるのか。ちょっと外に出かけていって、戻ってから挑戦し、見事、飲み干すんですが、さて、その秘訣は……。

と、酒を 飲む話をコレだけ書いて、ちょいと失礼しますよ。

・・・・。
・・・・。
・・・・。

はい、どーも。失礼しました。二日酔いでしてね。
・・・・・。
・・・・・・・うぉっ。
・・・・。
・・・・。
うぷ。
・・・・。

まったくもって、申し訳ない。ああ、私も、「ためし酒」に出てくる使用人さんほどの、丈夫な内臓器が欲しいです。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。

あのー、今月末でカム!終了なんですか、編集長?
うえっぷ。
ああ、ちょっと、タンマ。内臓器じゃなくて、なんか、器ない?た
・・・・。
・・・・。
・・・・。
・・・・。



はぁ、目が回る。こりゃあ、ダメだ。完全に二日酔い、この調子だと、三日酔い、四日酔いしそうなていたらく。申しわけねぇ、こりゃあ、顔を洗って出直してきます。
こうしちゃあいられねえ、寄席に……いやその前に、もう、大酒かっくらうのを、よせ。
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by u-ko_suzuki | 2008-10-20 08:47
野ざらし
毎度ばかばかしい作文をゴキゲンをうかがいます。鈴木ゆう子と申します。落語が大好きで、大好きで、毎日テレビかパソコンから、落語が流れております。以前は、マメに寄席にも行っていたんですが、何しろここんとこ、半端なく忙しいもんで。

……で、買ってしまいましてね。忙しくて寄席にいけない、私のような人にとって垂涎モノの企画。
であごすてぃーに・じゃぱんの。
そうです、落語百選コレクションです。落語解説とDVDがついて、隔週発売。
だって第一話目が、菊之丞師匠なんだも~ん。そりゃあね、買っちゃうよ790円。
絶対ハズレのない噺家さんというのが私の中にはカッチリあるんですが、師匠なんかはもう、確実ですね。入門編によし、通好みによし。
この先出演されるラインナップは最高なんですよね。ただ、問題は、次号から定期購読するとなると、全部集めるのに一体いくらかかるのかってことで。
次からおよそ1500円の、かけることの50巻。10巻だって一万五千円となりゃ、寄席に五回いけるわなあ、その五倍となりゃあ、ちょっとした海外旅行にだって行けちゃうお値段です。お大臣なコレクションです。

以前、ずっと以前ですがね、うちの小僧が人体模型を組み立てる『アーサーが教える体のふしぎ』、アシェット・コレクションズ・ジャパン製にはまりまして。
最初は頭蓋骨だけのアーサー君が、「ボクを組み立ててね!」というヤツでして。
初手には、歯が。それから、脳みそとか目とか、毎月送られてくるわけですよ。
将来医者になってくれたらお安い投資だと思いまして、欲しがるままに、定期購読しました。初回190円でした。でも、あれ、だんだん上がっていくのよ。結局、いくら突っ込んだんだろう……というのは考えないことにしよう。
もちろん、小僧は「ボクは赤ひげ先生になるよ」などという高尚な志を持つことなく、日がな一日サッカーボールを蹴っています。しゃれこうべアーサー、効果ナシ!

しゃれこうべで真っ先に思い出すのは、「野ざらし」でございましょう。
八五郎が問いただすと、ご隠居が話し始めた顛末は、釣りに出かけてみつけた野ざらししゃれこうべ。丁寧に回向したところ、若い女が礼を言いにきたという結構なお話で、それならおいらも、とばかりに八五郎、なれない釣りにでかける。そして、しゃれこうべを釣り……。

なんとも、のどかな時代であります。しゃれこうべが親しみを持って語られるわけで。
いや、うちのアーサーも、立派なしゃれこうべ、脳みそまで詰まっていますがね。回向したら、金髪碧眼のアーサーがお礼にやってくるかもしれません。
回向、してみるか。
いやいや、それは出来ないです。
だって、アーサーが未だにばらばら死体なのは、小僧のせいなんですもん。
組み立てが簡単だった頃のアーサーはよかったんですが、内臓器に入るころに小僧、すっかり飽きちまいましてね。人の作りは意外と複雑だってんですよ。
もう、頚椎を自分で入れられなかった敗北感がね、アーサーへの愛と友情を確実に目減りさせた。 
仕方なく私が組み立てていたんですが、なんだか毎回何千円も払っているのに、片方の鎖骨、とか、右手の骨、とか、脾臓とか、なんというか整合性のないばらばら死体の、ソレもしょぼいパーツが毎回送られてくるわけで、ものすごーく悲しくなりまして。
結局全身の骨格がそろったところで、とりあえずもう結構と打ち切りました。
筋肉スーツを着て完成だったらしいんですが。
書籍もついていましたし、その内容は充実していたんでしょうが、猫に小判、ブタに真珠、小僧にアーサーでございましたね。賢いお子様には無二の親友だったかもしれないアーサー君ですが、我が家ではもてあまし、今も、押入れに静かに横たわっています。
押入れを開けるたびに小学一年生相当の白骨がある図というのもどうよとは思うんですが、透明ビニール袋に包んで捨てる勇気もまだ持てない。
山村にこっそり捨てて、野ざらしの白骨に、警察が動き出してもいけないし。
大腿骨以降の後半部分は、まだ箱に入ったまんまだし!ちゃんと組み立てて供養したいと、これはいつの日にかの夢なんですが。
でも、アーサーの完成形は、筋肉スーツ着たところだったわけで、剥き身の筋肉が夜中お礼に来られたら、ものすごく怖い。

あの手の継続する通販モノには、気をつけなくちゃならないですね。好きな噺家さんの時だけ、買おうと宣言して、やっぱり落語とビールと何とかは生が一番。こうしちゃいられねぇや、寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-10-13 08:27
茶の湯
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と申します。何の因果か、落語好き。今日も、ほんの少しの間、戯言と、落語のお話に、お付き合い願います。

一生懸命精魂込めて育ててりゃ、そりゃあもう、どんなものでもきちんと成長するというのは世の習い。精魂込めて、食べていたおまんまだって、ちゃーんと血となり骨となり、肉となり肉となり肉となり。……そう、このメタボなお肉だって、お金、かかってるわけです。投資の結果です。おまんまだけじゃあない、お菓子やお酒や、そりゃうもう一生懸命投資して摂取した結果が、この贅肉。まさしく、贅沢なお肉ですよ、これはね。
この間、きつめのデニムをはいていましたら、こう、腹に、浮き輪状の肉がある。ソレを見て相方、
「お前の着ているのは、そりゃあもう、デニムじゃねぇ。デムニだ」
と言いやがりまして。しかし言いえて妙とはこのことで、確かにね、出ムニッとしてる。
以来我が家では、相方のジーパンがデニム、私のジーパンがデムニと、名称が変わりました。私のデムニは、相方がはくと、ぶかぶかです。
……いったいいつから、こんな変わり果てた姿になっちまったんでしょう。
ウエスト58センチだった頃に買った、勝負下着のガーターベルトが、今では片方の太ももに巻けます。同じ勝負でも、笑いをとるための勝負になっちゃあしょうがねぇ。
けれどもこんな体型になって、ひとつだけいいことがありました。それは、和服が着られるようになったことなんですね。
ええーっと、和服しか着られなくなった、という言い方もできるんですが、そこはポジティブシンキングでね。和服は、ボーンきゅっボーンの、南京豆みたいな体型には今ひとつ合わないように出来てますからね。茶筒みたいな体型こそ、理想的なんです。
デニムは出ムニになりはてても、和服は私を見放さなかった!日本の伝統文化よ、ありがとう。
そして幸か不幸か、私の和ダンスには、母と祖母の投資の結果がひしめいておりまして。売ったら二束三文の、買ったときにはとんでもない金額だったはずの、つまりは贅肉みたいな和服がね、たっぷりある。……私が気に入ってるのは、その中の二、三着というのが、これまた無駄全開という感じで、切ないんですが。
なんだってそんなに着物があるかってぇと、母が茶道の師範なんです。お茶ってのはなんですよ、お茶会のたびにその季節にあった着物だ帯だが必要になって、とんでもなくお金がかかるもんらしいですね。
でも、アタシ、LLと恥じらいもへったくれもなく大書された長じゅばん着付けながら、よくよく考えるんですが……茶道は、侘びさびの世界なワケでしょう? 贅は野暮だ。千利休が、とっかえひっかえ、いい着物を着ていたとは考えにくく、ありゃあていよく呉服屋にだまされてたんじゃねぇのかと、いぶかってるんですがね。

茶の湯、というお話がございます。
根岸の里のご隠居は、使用人の定吉を呼んで暇つぶし。かなりめちゃくちゃな知識で茶の湯をやってみます。しかし見よう見まねも程が過ぎ、お茶は青きな粉、オマケに洗剤までいれちまったからたまンない……。これを周りのものにも振舞っていく、なんとも滑稽なお噺。
同じだますんでも、こんなだまし方なら笑えます。で当人達にとっちゃ笑えないかもしれないなあ、腹、下しますからね。

それで思い出すのは、慣れないお茶会ですよ。まだ私が今の四分の一の年齢で、今の半分ぐらいしか体重がなかった頃、母の師匠のお茶会に連れられてまいりまして。
一応、作法は特訓済みです。それでも、緊張でドキドキ。目の前のお菓子はさっさと食べ終わり、お抹茶が来るのを長々待っておりました。
するとですね、急に、もよおしてきたんですね。
相手は大師匠ですよ、「茶の湯」のご隠居のように変なものを食べさせたわけじゃあないんですが、アタシがまだ子どもだったので準備、悪かったんでしょうね。
ところが、茶器の銘を訊ねる言葉は聞きかじっていても、こんなときにトイレに行きたいという隠語は知らない。
最初はもぞもぞ動いてごまかしますが、それをまわりは怪訝な目で見る。そのうちのっぴきならない事態がやってきて、聞くは一時の恥、漏らすは一生の恥なんて言葉がぐるぐるする。
ご亭主である先生が、茶さじをふいたり、竹の茶せんを片付けながら、にんまり、客を眺めます。やーっとこさ、お茶が、運ばれてくる。
ここからがまた面倒くさいんだ。こちとら江戸っこでぃ、パッときたらグッと飲みゃあいいものを、だらだら年寄りの小便みたいな切れの悪い話や作法が続きやがって、アタシの小便ならシャーッとしてすぐに終わりだよ、ああトイレ行きたいよなどと、優雅なお茶会が地獄の修行気分になって毒づいてます。
……、と、やにわにああ、もうダメだっ
「おひょう、●×#$☆ё!」
なにやら叫んだんですね。人は限界を超えると変な声を出すんですよ。もう、半分おかしくなるんです、何しろ限界ですから。
一人フラフラ立ち上がったのはいいが、今度は足がしびれてて、うまく歩けない。突如茶室に現れたゾンビが一匹、とにかく一滴ももらさないことに細心の注意を払い、極端な内股で、トイレに急ぐのでありました。
もちろん、事なきを得ましたよ。先生も、決して私を責めたりなさいませんでした。でも、思春期真っ盛りのお年頃、これは「死にたい」と思いつめるほど恥ずかしい事件でした。
お稽古の時に箸が転げてもおかしくて、どうにも笑いが止まらず、お茶碗を割ってしまい、母から破門を食らうのは、これからしばらく後のことなんですがね。

最初に「茶の湯」を聞いたときには、そんな甘酸っぱい思い出と共に、大笑いしまして。
作法を聞きかじっているだけに、おかしさ倍増。無理強いでも茶道を仕込んでくれた母に、やっと感謝しましたよ。
ああ、こんなご隠居の茶会だったらまだよかっただろうにと思ったり、厠に走る気持ちだけ、やけに臨場感が走ったり。忘れていた過去の失敗に、落語の中で出会うというのもまた、乙なもんでした。
まあ、だまされたと思って、寄席に行ってみてください。自分に似た人や、エピソードが、ちゃーんと待ってますから。だまされたと思ってったって、高い着物買わされるわけでも、ホントに腹下すわけでもないので、安心ですから。

ああこうしちゃいられねぇや! せっかくですから、和服着ていけば割引にもなる、寄席に行ってまいります。
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by u-ko_suzuki | 2008-10-06 11:06