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落語に行ってきました
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権兵衛だぬき
「権兵衛だぬき」

毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
毎週月曜日、好評(かどうかわからないまま)更新中。
単なる落語好きの繰言、今週もよろしくお付き合いのほど願っておきますが。

息子といつものスーパーに買い物にいきました。
出口付近、ガチャポンの前に正座している大きなお子さんがいましてね、あらまあそんなにも欲しい物があるんだなあ、なりは大きくてもまだまだ子どもなんだねぇとほほえましく思っていましたら、うちの小僧、
「おかあさん、あの子見て。あんなところで正座してるよ」
「これこれ、人を指差すもんじゃないよ」
「これから落語でも始めるのかな」
と申しました。
「ガチャポン客に見立てて落語を語る人はいないと思うよ、息子よ」
と、言いました、私。
っていうか、子どもは普通、落語しないと思う。
っていうか、正座したら落語を連想する、そんな落語ファンの息子に育っていることを、誇りに思います。

さて、その息子のお気に入りは「権兵衛だぬき」。
いたずらたぬきが、独り者の床屋の権兵衛の寝入り際を邪魔します。現代で言うところのピンポンダッシュですな。
とっつかまえて、坊主刈りにし、野に放ってやると翌日またもたぬきはやってきて……。

お話がわかりやすくて、それでいてリズミカル。お子様向けの寄席でもよくかかるそうです。
以前息子の友達がお泊り会にやってきたときにも、この権兵衛たぬきを読み聞かせしたときが一番食いつきがよかったですね。
「ごーんべっ」
「ごーんべっ」
と、狸が尋ねてくるあたりでくすくす笑っておりまして、翌日も床をどんどんと足踏みしちゃあ「ごーんべっ」とやっておりました。ああ、この子達に本物の寄席を見せてやりたいなあと思いましたよ、私なんかが読む絵本ではなくね。

ずいぶん前に、教科書に落語が導入されたってんで、学校で、お母さん達相手の落語講習会がありました。
落語は、耳から聞くからイマジネーションが広がるという教育的効果があります。
さらに、話す訓練の基本、コミュニケーションの基本は、聞く訓練からなのに、聞くことがいい加減になってきている現代、落語の再認識は素敵ね。というような内容だったと記憶しています。いやもう、私ごときの記憶力なんで、あてにはならないが、なんたってそのときに落語の読み聞かせ絵本を買ったぐらいですから、私は立派に教育ママさんだ。感化されやすいだけという話もありますがね。
実際に読み聞かせると「ぐりとぐら」のホットケーキぐらいにしか食いついてこなかった息子が、落語の読み聞かせは、食い物が出てこない噺でも、ずいぶんと楽しみにしていました。
「小僧、何飲む?」
なぁんて日常生活で聞いたときに、
「最後に一杯、お茶が怖い」
なんていわれますと、なかなか通っぽくていいものです。権兵衛だぬきの落ちは、日常生活にはまだまだ使えませんがね。
なんていうんですか、これも息子への英才教育の一つなんでしょうか。才能を考えると、今ひとつ噺家さんには向かないし、芸人さんへの道は厳しく険しいのであまり推奨しないんですが、早いうちから寄席の喜びみたいなのだけは、しっかり教えといてやれるといいなとは思ってます。
息子が将来サラリーマンになって、彼のことですからかなりしょぼいミスをして、ああもうこんちくしょう、大川に身を投げて死んじまおうかと思ったりもする、そんな時。すすーっと寄席の木戸をくぐり、「ああやっぱり人生捨てたもんじゃねぇなあ」って思える場所を確保しておいてやれたなら、そりゃあ財産ってもんですよ。
子ども時代の楽しい記憶がありゃあ、大人になってから少々のことがあったって、へこたれねぇ。海外旅行なんてのは、父ちゃんの稼ぎの都合上、夢のまた夢でも、江戸時代にタイムスリップできるってんだから、豪勢だ。
一緒に楽しくお出かけして、水蜜のついた団子やメイプルシロップのたっぷりかかったホットケーキでも食べて、寄席で神楽見て驚いたり、漫才や落語で笑ってさ。くわーっっっっ。いいねぇ。
……おおっと、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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# by u-ko_suzuki | 2008-09-22 11:26
愛宕山
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
にわか落語ファンの、落語にまつわるお話をさせていただくこのコーナー。(コーナー、だったの?)秋風の吹き始めた季節、すでに冬枯れの私のお財布を横目で見ながら、書き進めることにいたします。

先日、ひょいと思い立って、東西落語研鑽会という落語会に行ってまいりました。
パソコンの箱の中には、ミクシという井戸端会議所がありましてね、そのコミュニティーっていう、いわば町内掲示板みたいな場所に、いろんな噺家さんの私製ファンクラブっていうか、恋文公開所があるんですよ。
……って、これはそもそもパソコン持ってる人が読んでるものですから、そんな説明しなくてもググッてもらえばいいですか。いや、それ以前に、そんなのパソコン音痴の私以上にご承知のことと。
でまあ、そこで私はお気に入りの師匠方をチェックしたりしているわけでございますが。
そこで発見しちゃったんですよ。当日券もまず手に入らないだろうという豪華メンバー顔合わせの落語会、場所は有楽町、チケット一枚あまってますのでお譲りしますあります、と。
買うよね、そりゃ、買う。
そもそも、定期的に仕事場のある方は、そこを起点に、移動を前提に、すべての予定が組めるんでしょうが、私のように台所の片隅で原稿書いているような家内制手工業従事者は、まずめったに都心には出ない。だからいくらチケットがあまっていようと、毎回「はいはい、私ソレ行きます」とハイエナのように狙っていくわけには行かないのでございますが、ちょうどその日に限って、ちょっとお仕事の口がかかりまして、銀座に出かけることになっていたんですね。
せっかく都心に出るからには、ただ行ったんじゃあつまらねぇ、帰りに寄席でも…とは思っていたので、落語会、願ったり叶ったり。

さて、その日。
小僧が突然、病院に行かなきゃならなくなりまして、私は朝一で学校に連絡帳を届け、その足で病院に出かけ、二科をはしご。小僧を学校に送り届け、家に戻って相方の昼ごはんを作り、自分の稽古事であるお琴の師匠のところに飛び込みました。出来の悪い弟子にたっぶり稽古をつけてくださる師匠、それですっかりもう時間がなくなって、ええいままよ、そのまま銀座に向かう電車に飛び乗りました。……髪はひっつめで、おたまじゃくしのでかいのみたい。顔はすっぴん、オマケに朝、その辺にひっかかってたアロハを羽織ってる。なんだか、ジャバザハットだったかハットザジャバだったかが、そんな怪獣みたいな自分が電車の窓に映っていました。

一仕事終えて、場所は銀座だ、ここで何とかお召しがえなり、メイクするなり、考えようと思っていたのが、場所だけ確認しとこと思ってついたのが、大型電気屋さんの前。空には呼び込みがピーチクパーチク、その道中の陽気なこと……。
ちょっと流すつもりが、なんとも楽しい大型電気屋さんにはまってしまってさあ大変。気がついたら、落語会の会場時間になっていました。

お察しの通り、落語会では「愛宕山」、小米朝師匠で聞きました。
なんとちりとてちんで有名になった一節、「空にはヒバリがピーチクパーチク」。原作ではヒバリがチュンチュンさえずり」だったそうで。それを渡瀬恒彦さん演じる草若師匠が「ひばりはちゅんちゅん、鳴かんやろ」とのことで、変更されたそうですね。そのとき歴史は動いた。NHK、朝ドラ強し。小米朝師匠、そらもう名人ですからうまいのは当然なんですが、そんな話も織り込みながら、あっという間に客を愛宕山に連れて行き、山いきの一連に、混ぜてくれるわけです。
大阪ミナミの一八と茂八、この太鼓持ち二人が仲良くしくじって、京都で働く。けちなダンナに、愛宕山の参拝に連れてこられてぼやいてばかり。やっと山頂、かわらけ投げをして遊ぶが、ここで旦那が小判をまき始めたからたまらない。

上方落語は、やはり上方の噺家さんで聞かないと。朝ドラでは草若師匠も頑張ってましたけど、やはり本物は違うわ。そしてまた、小米朝師匠は、見目も大変いい男なんですね。昔いい男に噛み付かれてから、いい男がどうも苦手な私としては、テレビで拝見する小米朝師匠に今ひとつ興味を持てなかったんです。枕の、パパが国宝というフリもね、今ひとつ好きになれなくて。
でも、ライブは違いました。うまかったー。いい男かどうか、高座だと顔は関係ないんですね。正蔵師匠も高座に上がっていたせいか、二世ネタもなく、いい感じ。
下げを知ってても、最後まで引き込まれ、笑えました。どんでん返しが入るのも、着地がわからない新作も大好きですがね、熟練の技を見せ付けられて、物語の世界に入り込まされちゃうのが、落語の凄いところですよ。
その日は私も気合十分でしたけど、疲れててついうとうとしちゃった日には、目の前に一大パノラマ江戸絵巻が展開されたりすることもあって、これまた至福の居眠りです。私にとっちゃ、どんなアミューズメントより、落語がいちばんです。

ところで、電気屋さんで電気関係には購買意欲をぐっとこらえた私。小判まくほどはないにしてもさ、これがホントの散財だ、さぞや胸がスッとしてるだろう相方のパソコンがまたしても増えてやがるしね。いつの間にか5台になっていた、備品もざくざく増えているなんてことにも目をつぶって、さ。その分、私が地味ぃぃぃぃに暮らしていけば……って、できるかいっ! 
仕事の日銭も入ったことだし、ここは一杯、やらなくて何の江戸っ子。(埼玉育ち)。久しぶりに落語も聞いたんだ。秋の風情もいいもんだ、まだ満月にゃ間があるが、なんの月見で一杯だね。と、なぜか大型電気店で売ってたお酒を買いましてね、意気揚々と家に帰った。帰って、相方と晩酌だ、ってんで。
相方、ただいま帰りましたよ、いやー、楽しい落語会だった、ライブはいいねぇ。いや、ホント、よかった。今度一緒に行こうよ、まあ今日のところはこれだね、ちょいといい酒を、いい酒を、あらら……。
電車だーっっっっ!電車に、おいてきたぁぁぁぁぁ!
こうしちゃあいられねぇや、寄席に、いやその前に、忘れ物お問い合わせに行ってきます。
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# by u-ko_suzuki | 2008-09-15 17:51
子ほめ
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と申します。名前だけでも覚えて帰っていただけたら……てな言葉、寄席の高座でよく耳にする常套句なんですが、ココをぽちっとクリックして下すった方は、ほぼワタクシを鈴木ゆう子と知ってのことだと思いますんで、本当に、ありがたいことだと思います。
名前を覚えてもらうってのは、それだけで半分、ご贔屓になっていただいたようなもんで。
え、何? ずっと前からの長い付き合いだ? ……あいすみませんねぇ。カム!連は、大変に意気のいい連中がそろっておりまして、たいそう楽しく交流を図りながら、これまた楽しく書かせていただいているんでございますけれども、一番大事な読者様と、顔が見えるところでお話できない、ソレがこのパソコンという箱(またはノート)のもどかしさ。
そんな方のために、コメント欄というものがございます。以前からのお知り合いの方は、
「てめぇ、おれを忘れたか」
とでも大書していただければ、若年性脳梗塞を抱えている身上ではございますが、脳みそを絞りあげてでも、
「へぇ、おなつかしや」
というところまで、持ってまいりたいと思います。ただし、
「てめぇ、貸した金返せ」
と言われた場合には、江戸っ子らしくすぱっと忘たままでいることを予めご了承いただきまして。
コメントの際には、ぜひ褒め言葉の一つも添えていただければ、それはお互いの幸せ。いや、これはこれは過分にお褒めくださり、ありがたい。お前様、調度小腹も減っていようかという時分どき、ちょっとそこでご酒でも一杯いかがでございましょう、てなことに……。

……なるから、口の悪さを改めよとご隠居に言われた八五郎。うまく褒めたら、ご酒の一杯もご馳走になれるときいて、ご隠居に教えられたとおり、お愛想をいう。
しかし、「どうみても厄(年=42歳)そこそこ」と若くいうはすが「どう見ても百そこそこ」って、そりゃ金さん銀さんかい、と聞いてるこっちが突っ込みたくなるとんちんかんな褒めっぷり。悪戦苦闘しながらも、なんとか褒め続けていくのだが、ちっとも褒めていないだけに、もうたまらなくおかしくて。
最後は、生まれたての子どもを褒めに行って、これまた、いい褒め具合。最後までずっと笑える、大好きなお話は、ご存知、「子ほめ」でございます。

まあ、褒められていやな気がする人はいない。特にわが子を褒められていやな気はしない。
それは子どもをもってつくづく感じたことでございまして、今、当時いただいたご恩を三倍返しすべく、赤ちゃんを見かけると「あら、かわいい」「まあべっぴんさん」と、お顔を覗かせていただいては、感想を述べることにしているのでございますよ。
先日、役所で順番を待っておりましたらね、二十代のママさんが書類を書いて、私の隣でパパさんがご自分で抱いた赤ちゃんをじーっと見つめていらっしゃる。目のパッチリした、きれいなお子さんだったのでね、
「うわあ、美人さんですねぇ。すごくきれいな赤ちゃんだわ」
と、いつもの調子で申し上げましたところ、そのパパさんが私をじっと見ましてね。
「そうですか! そうですよね、きれいですよね!いや、きれいな顔だって!褒められちゃったなあ、□□ちゃん、美人さんだって!□□ちゃん、いやあ本当に美人さんだなあ」
と、今度は赤ちゃん振り回してでれでれになってます。ママさん、ボールペン放り出して真っ赤になりながら、あわてて私に
「ありがとうございます!」
そして、そのパパさんに向かって、
「やだもう、ちょっと○○君!」
パパさん、まだ○○君でした。ふふふ。
それはそれはいい光景でございましたよ。一般には親バカっていうんでしようがね、いやあいいもの見せてもらった。ご酒をご馳走になるより、いい心持ちでした。ただの一言で、灘の酒よりじーんと身も心もあったまる気持ちにさせられちゃって、私家版「子褒め」の一説でございます。

その子は本当に美人さんでございましたが、時折そうでないお子様の時があります。そんなときには便利な言葉が「まあ元気そう!」「あら、賢そう!」
しかし、まかり間違っても、「男の子ですか?」と聞かないのが礼儀ですよ、八五郎。女の子ですかと聞けば違ったときには「あら、優しそうな顔立ちをしていらっしゃるので女の子かと思いました」といえばいいんですが、男子に間違えられると、元気そうといわれようが、賢こそうといわれようが、親と言うのは腹が立つものなんですから。……と、気持ちはすっかりご隠居さんなワタクシ。
思い出します。
髪の毛が生えてこなくて、毛糸でリボン結びしたり、できるだけピンクのひらひら着せたり、奮闘努力の甲斐もなく、「男の子ですか? いい面構えだわ」とか「うわー、よく太って!」などといわれ続けた相撲部屋候補の我が娘の、切ない赤子時代を思い出して、いまだ腹が立ちます。
………。いけねぇ、腹の虫がおさまらねぇや。
悪気がない八五郎の間抜けな褒め台詞でも聞いて、笑い飛ばしてこないことには。
ああこうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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# by u-ko_suzuki | 2008-09-08 09:57
長短
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子と申します。ほんの1000文字程度、お付き合いをいただきます。
1000文字なんて申しましても、ご存知ない方には、そりゃあいったい何文字だいってなもんで。
いや、何文字と聞かれれば、1000文字でございますと、もじもじしながらお答えするわけでございますが。
アナウンサーのトレーニングでは、1秒で5文字だそうですね。大昔、放送劇なんかを手がけたときには、「原稿用紙400文字二枚で三分」が一つの目安でございました。けれども、まあね、そこはそれ、調整なんぞは簡単なんでございますよ。
困ったときには、「………」って、ゴルゴ13みたいにね、しゃべらないで間をとっちまえばいい。効果音なんかフル活用して、時間を稼ぐわけでございますね。
そういや、そんなこと思いついて、実際に小説の中でやっちまった作家先生がいらっしゃいましたねぇ。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
……らちがあかないが、原稿量は稼げます。しかし、調子に乗ってこれ、放送劇でやると、放送事故扱いですね。
そういや、番号の号令ってのもありました。
「番号」
「1」
「2」
「3」
「4」
「5」
「元へ。声が小さいっ!もう一度!」
「はっ。1」
「2」
……って、人物を出せば出すほど、原稿料が稼げるって算段。うまいこと考えましたよね。
ああ、実は物書き家業をやっている身上、一回やってみたかったんだ。これ。長年の夢が叶ったわ。
でも、話は全然先にすすみゃしないわけで。
読んでるほうは「てぇーいっ、まどろっこしいや、そんなのはぱらぱらぱらっとめくって、読んだことにしちまえばいいんだよっ」って、思いそうです。
読んだことにしたって意味はないわけですが、私なんかどうにもせっかちですから、なかなか進まない話はどうも苦手で。
まあ、私の書いたものを読んだからといって、どってことない。いっそ、読んだことにしちまって飛ばしたとしても、まったく問題がないってことが、一番大きな問題なんですがね。

しまった、そんなことを書いていたら、もうそろそろ話は佳境に入ってなきゃいけない頃合。いけねぇ、大切な落語に触れないで、終わっちまうじゃあないですか。
全く、気の長い枕で申し訳ございません。
抱き枕なんかは長いほうがこう、足をぎゅっとね、からめてはさみこんだりなんかして、心地がいいんですが、話の枕とアレばっかりは、うふふ、長すぎちゃっても短すぎちゃっても、いけません。特に殿方のアレは……アレ、たぁ「気」のことでこざいますがね。いや、もう今回、気の長い枕で、本当に。
噺は「長短」。

気の長いゆっくりペースの長さんと、気の短いせっかちな短七は幼馴染。今日も今日とて、長さんのしゃべりをきいて、焦れまくる短七。「けど、お前さんとあたしは、どーっか気が合う」と長さんに言われるまでもなく、短七はイライラしながらも長さんが大好きだ。そんな長さんの助言に、短七は……。

あらすじはいつも簡単すぎるほど簡単、せっかち短七モードで描ききると、こんな感じになります。きっちり落ちまで書いちまったら、つまんない。まあ、たいていの場合、「教えないほうがよかった」って気分ですわね。
じゃあココから何か別の話がくるかってぇと、私の性格はめいっぱい短七モードですから、ってやんでぃ、こちとら気がみじけぇんだ、文字が1000文字を越えたら、おしまいでぃ!

……しまった、この時間切れの結び大作戦は、「宮戸川」で使おうと思ってたんですが、もう出しちまった。短気は損気だねぇ。
まあ、何年後か、もう忘れられた頃に使えばいいか。あらら、今度は俄然、気の長い話になったもんで。
「長短」
いいですね。しみじみ、いいですよ。これはね、回数重ねるごとに、それぞれの噺家さんのしぐさのうまさやキャラクターの作り方がどんどん染みて来て、長短がかかると「やった!」と小さくガッツポーズですよ。
ああ、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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# by u-ko_suzuki | 2008-09-01 08:34
たがや
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
鈴木ゆう子でございます。なんでもない、ただの落語好き、通というにはまだまだ宿題がたっぷり残っておりまして。大人になったら宿題はなくなるものだと思ってた、と歌ったのはユーミンでしたか。どちらかと言うと、落語よりユーミンに詳しいかもしれない、1960年代生まれでございます。
そんなんが、寄席通いの趣味をただただお話したくて、こんな作文を書いてやがるんですから、全くもって面目ない。
落語通の方はどうかひとつ、前座を眺めるお気持ちで、お目汚しをご容赦ください。精進してまいりますので、今後ともご贔屓に。

さて、夏休み最後の土曜日、全国的に雨が降ってます。
今日は有名な大曲の花火大会ですが、へそ曲がりな私は大曲には行かない。
からっと晴れていたら、今日はこの夏を締めくくる、調布の花火大会に行くつもりでした。ヘソが曲がっているというよりは、経済的な事情ですね。
地元のお祭りも、近所では阿波踊りも、ちっと足を伸ばすと盆踊りも、なんだか逝く夏を惜しむかのようにイベント目白押し。
でもやっぱり、私にとっちゃ、夏は花火ですよ。
夏の始め、私は手帳に、都内近郊の花火大会をぎっしり書き込みます。で、行ける限り行く。なんていうんでしょうかね、あの一瞬のどーん、ぱーん、で、はらはらはらっと消えていく、あの潔さがいいんですね。

橋の上 たまやたまやの声ばかり
なぜに鍵屋といわぬじょうなし

なんてぇ江戸川柳を枕で聞いて、うまいッ!と寄席で膝をたたいたのが、たしか、「たがや」の落語だったかと記憶しています。浅学にして、花火の出てくる話は「たがや」ぐらいしか思い浮かびませんので、今回は「たがや」のご紹介。

場所は両国の橋の上。
折りしも、川開きの花火がぱーんと上がる頃、馬に乗った殿様の一行が満員の橋の上をずいずいと無理やり花火見物で進んでいく。
途中でお殿様と行きかうのが、桶を作る職人、たがや。そのとき起こったちょっとした粗相をわびるが、気位の高い殿様、怒ってたがやを無礼打ちにするといいだしたからたまらない。どうせ殺される身なら、喧嘩上等、たがやは反撃に出て……。

まさしく窮鼠猫を噛む噺なんですが、当時、殿様に逆らう生き方なんて、身分制度を考えたらまったくありえなかったと思うんですよ。
だからこれをきいた庶民は、きっとこの「たがや」にウルトラヒーローを感じたに違いないんです。普段、コンチクショーと思ったって、にこにこしながらも恭しく、へへぇーってこう、こうべを垂れなきゃならない相手なわけでね。そんな相手に対して、たがやが一人、立ち向かっている。
で、最後は、情に厚い民衆の声が下げになってましてね、落語を聴き始めたばかりでしたから、枕の川柳と相まって、私はこの話にスッキリ爽快な感動すら覚えました。
……なんか、私もよほど、鬱屈していたんですかねぇ。

「そのとき」に必要なもの、ってのがあります。
青春時代にはユーミンでしたが、今の私にはそれが落語にとって代わっちまった。テメコノヤロ!と思っても笑ってスルーするのが大人の流儀なら、せめて落語で笑って敵討ちですよ。
恋だ愛だは遠い日の花火のような出来事、今は庶民として日々を地味に生きることに精一杯。だからこそ、逆に、ぱっと咲く花火がこんなにも好きなんですかねぇ。
あ、でも、噺家さんには惚れてるね。
座布団に座ってしゃべるだけの男なのに、まやかしみたいなストーリーを見せられて、笑わされたり泣かされたり、感情を手玉に取られると、魂持って行かれちゃう。
もうちょっと若い頃に落語にはまっていたら、私のご主人様はきっと落語家さんでしたよ。押しかけて寝技に持ち込んで、大きな花火を打ち上げてましたよ。思いっきり、たまや~。
今はそんな行動力はないです。あったとしても、のしつけてお返しされちゃうでしょうしね。
でも、いいの。それが瞬間消えてしまう花火でも、噺を聞いているときに、うまい噺家さんにはドキドキしっぱなし。このときめきは、いくつになってもいいもんです。
ああ、こうしちゃいられねぇや。寄席に行ってまいります。
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# by u-ko_suzuki | 2008-08-25 21:46