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落語に行ってきました
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愛宕山
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
にわか落語ファンの、落語にまつわるお話をさせていただくこのコーナー。(コーナー、だったの?)秋風の吹き始めた季節、すでに冬枯れの私のお財布を横目で見ながら、書き進めることにいたします。

先日、ひょいと思い立って、東西落語研鑽会という落語会に行ってまいりました。
パソコンの箱の中には、ミクシという井戸端会議所がありましてね、そのコミュニティーっていう、いわば町内掲示板みたいな場所に、いろんな噺家さんの私製ファンクラブっていうか、恋文公開所があるんですよ。
……って、これはそもそもパソコン持ってる人が読んでるものですから、そんな説明しなくてもググッてもらえばいいですか。いや、それ以前に、そんなのパソコン音痴の私以上にご承知のことと。
でまあ、そこで私はお気に入りの師匠方をチェックしたりしているわけでございますが。
そこで発見しちゃったんですよ。当日券もまず手に入らないだろうという豪華メンバー顔合わせの落語会、場所は有楽町、チケット一枚あまってますのでお譲りしますあります、と。
買うよね、そりゃ、買う。
そもそも、定期的に仕事場のある方は、そこを起点に、移動を前提に、すべての予定が組めるんでしょうが、私のように台所の片隅で原稿書いているような家内制手工業従事者は、まずめったに都心には出ない。だからいくらチケットがあまっていようと、毎回「はいはい、私ソレ行きます」とハイエナのように狙っていくわけには行かないのでございますが、ちょうどその日に限って、ちょっとお仕事の口がかかりまして、銀座に出かけることになっていたんですね。
せっかく都心に出るからには、ただ行ったんじゃあつまらねぇ、帰りに寄席でも…とは思っていたので、落語会、願ったり叶ったり。

さて、その日。
小僧が突然、病院に行かなきゃならなくなりまして、私は朝一で学校に連絡帳を届け、その足で病院に出かけ、二科をはしご。小僧を学校に送り届け、家に戻って相方の昼ごはんを作り、自分の稽古事であるお琴の師匠のところに飛び込みました。出来の悪い弟子にたっぶり稽古をつけてくださる師匠、それですっかりもう時間がなくなって、ええいままよ、そのまま銀座に向かう電車に飛び乗りました。……髪はひっつめで、おたまじゃくしのでかいのみたい。顔はすっぴん、オマケに朝、その辺にひっかかってたアロハを羽織ってる。なんだか、ジャバザハットだったかハットザジャバだったかが、そんな怪獣みたいな自分が電車の窓に映っていました。

一仕事終えて、場所は銀座だ、ここで何とかお召しがえなり、メイクするなり、考えようと思っていたのが、場所だけ確認しとこと思ってついたのが、大型電気屋さんの前。空には呼び込みがピーチクパーチク、その道中の陽気なこと……。
ちょっと流すつもりが、なんとも楽しい大型電気屋さんにはまってしまってさあ大変。気がついたら、落語会の会場時間になっていました。

お察しの通り、落語会では「愛宕山」、小米朝師匠で聞きました。
なんとちりとてちんで有名になった一節、「空にはヒバリがピーチクパーチク」。原作ではヒバリがチュンチュンさえずり」だったそうで。それを渡瀬恒彦さん演じる草若師匠が「ひばりはちゅんちゅん、鳴かんやろ」とのことで、変更されたそうですね。そのとき歴史は動いた。NHK、朝ドラ強し。小米朝師匠、そらもう名人ですからうまいのは当然なんですが、そんな話も織り込みながら、あっという間に客を愛宕山に連れて行き、山いきの一連に、混ぜてくれるわけです。
大阪ミナミの一八と茂八、この太鼓持ち二人が仲良くしくじって、京都で働く。けちなダンナに、愛宕山の参拝に連れてこられてぼやいてばかり。やっと山頂、かわらけ投げをして遊ぶが、ここで旦那が小判をまき始めたからたまらない。

上方落語は、やはり上方の噺家さんで聞かないと。朝ドラでは草若師匠も頑張ってましたけど、やはり本物は違うわ。そしてまた、小米朝師匠は、見目も大変いい男なんですね。昔いい男に噛み付かれてから、いい男がどうも苦手な私としては、テレビで拝見する小米朝師匠に今ひとつ興味を持てなかったんです。枕の、パパが国宝というフリもね、今ひとつ好きになれなくて。
でも、ライブは違いました。うまかったー。いい男かどうか、高座だと顔は関係ないんですね。正蔵師匠も高座に上がっていたせいか、二世ネタもなく、いい感じ。
下げを知ってても、最後まで引き込まれ、笑えました。どんでん返しが入るのも、着地がわからない新作も大好きですがね、熟練の技を見せ付けられて、物語の世界に入り込まされちゃうのが、落語の凄いところですよ。
その日は私も気合十分でしたけど、疲れててついうとうとしちゃった日には、目の前に一大パノラマ江戸絵巻が展開されたりすることもあって、これまた至福の居眠りです。私にとっちゃ、どんなアミューズメントより、落語がいちばんです。

ところで、電気屋さんで電気関係には購買意欲をぐっとこらえた私。小判まくほどはないにしてもさ、これがホントの散財だ、さぞや胸がスッとしてるだろう相方のパソコンがまたしても増えてやがるしね。いつの間にか5台になっていた、備品もざくざく増えているなんてことにも目をつぶって、さ。その分、私が地味ぃぃぃぃに暮らしていけば……って、できるかいっ! 
仕事の日銭も入ったことだし、ここは一杯、やらなくて何の江戸っ子。(埼玉育ち)。久しぶりに落語も聞いたんだ。秋の風情もいいもんだ、まだ満月にゃ間があるが、なんの月見で一杯だね。と、なぜか大型電気店で売ってたお酒を買いましてね、意気揚々と家に帰った。帰って、相方と晩酌だ、ってんで。
相方、ただいま帰りましたよ、いやー、楽しい落語会だった、ライブはいいねぇ。いや、ホント、よかった。今度一緒に行こうよ、まあ今日のところはこれだね、ちょいといい酒を、いい酒を、あらら……。
電車だーっっっっ!電車に、おいてきたぁぁぁぁぁ!
こうしちゃあいられねぇや、寄席に、いやその前に、忘れ物お問い合わせに行ってきます。
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by u-ko_suzuki | 2008-09-15 17:51
死神
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
たくさんのコラムが軒を連ねております、お後お目当てお楽しみに、ほんの少しばかり、お付き合いのほど、よろしく願っておくわけでございますが。

私にはオーストラリアに友達がおりまして、といったって、コアラやカンガルーじゃないですよ、私はムツゴローさんじゃないですからね。
同じ年の女性で、同じような体型をしています。元看護婦。その彼女の住むのは、大都会メルボルン‥‥から、さらに西に行った都市パース‥‥から、さらに南にハイウェイを二時間飛ばす、バンバリーという自然豊かな町。
なんたって、裏庭に野良カンガルーが出たり、野生のブルがこないように猛牛返しなる仕掛けが庭に施してあったり、ねずみ返しってのは日本史の教科書にも出てきましたけどもね、片や猛牛、片やねずみですよ。スケールが違います。
どこまでも広がる空。星は降るようで、その満天の星を見て東京生まれの東京育ちの子どもが「怖い」って言ったそうですから、なんともはや。
そんなところで育つと、人間もおおらかです。
その彼女が言うんですね。
「私はたくさんの人の誕生と死に立ち会ってきた。人が生きるというのは一本の線の上にあるもの。生まれたときにたくさんの人におめでとう、といって出迎えられるように、死にゆくときにもみんなに看取られて、たくさんの言葉をかけられて死んでいくべきよ。それは、生まれてくることと同様の価値がある。死に逝く様を周りのものに見せていくのも、大事な最後の仕事だと思うし、残されたものとして、別れの悲しみに耐えるのもまた、生きていくうえでとても大事な仕事だと思う」
‥‥これを英語でね、OZ訛りで、語るわけです。きっと、大自然の人ですから、本当はもっとこう、「大事な仕事じゃけぇの!」みたいな、方言の持つ強さもあったんでしょうけど、私が大意をくむのがやっとの英語力なもんで、そこはまあ、適当に。
いやしかし、ちょっと、考えちゃいました。そのときの私の格好は、シャレコウベと枯れ尾花のアロハシャツ。
夏の怪談話を聴きにいくためだけにちょっと気張って買ったものの寄席に行くチャンス未だなし、という、行かず後家のような服でした。そんな服を着ていたせいでしょうかねぇ、ついうっかりうちのおじいが死にそうで、なんて話しちゃって、そのまま死生観のお話に突入したわけで、猛牛返しの死生観とねずみ返しの死生観、そのまま生きていく足の踏ん張り方みたいなものを感じました。

うちのおじいの枕元に座っている死神は、どっち側なんですかねぇ。
落語に出てくる死神は、頭のほうに死神が座ってりゃあ、呪文を唱えて死神を追い払ってしまえば病が治ると教えます。けど、脚のほうに座ってるのは駄目だ、触っちゃいけねぇととある野郎に教えました。この野郎が、大金ほしさに足のほうに据わっている死神をだまし討ちしたものですから、さあ大変!
・・・と言う、ご存知、「死神」は、私の大好きな噺のひとつ。ハリウッドに進出するような、震え上がるほどのホラーというわけでもないんですが、人の心の浅ましさがもっとも怖いと背筋を少し涼しくさせる効果は十分です。夏は怪談ですよ。

元気に植物状態だったおじいに、いよいよ死期が近づいているみたいです。
がんばってがんばってふんばってふんばって、ずっと寝たきりでも、ただ生きているというその事実だけで周りのものを支えてきた、それこそがそのままおじいの生き様でした。
私はそんなおじいが大好きでした。死神は、多分、もう枕元じゃなく、足元にくっついているんだろうな。しかたねぇや。生まれてきた以上、人は必ずいつか死ぬんだ。でも、おじいはすげぇいい奴で、飲むと飲んだで楽しい漢だったし、田舎で生まれ育って、足腰は猛牛並みに強かったりしますから、きっと死神もさっさとどうこうしようってんじゃなく、なんとなくおじいの魂とじっくり語らっていたりするんじゃねぇかと想像しています。最期のときに、苦しまないですむように、死神さん、ちょいと頼みますよ。・・・今は、そんな気持ちです。
ちょっと切ない心持になりました。こんなときには寄席で笑い倒すのが一番だね。ああ、また寄席に行きたくなりました。
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by u-ko_suzuki | 2008-08-04 15:27
ねずみ
毎度ばかばかしい作文でゴキゲンをうかがいます。
二度目のお運びありがとうございます。娘が日光に修学旅行に出かけている今、自由満喫! よみがえれ、青春! そんなおっかあの鈴木ゆう子でございます。
東京近郊で育ちますってぇと、当然のように小六で日光、中三で京都が定番なんですね。で、高校で初の海外……と思いきや、某県立高校では志賀高原スキー旅行。なんと、五日間で全員滑れるようにしてやるぜ!という、大学受験で滑るのを怖がるなという先取りの親心なんでしょう、体育科の教師が異様に張り切っておりました。
全員滑れるようになりましたとも、ちゃんと授業に出られた人はね。でも、なんと私は初日の夜に、インフルエンザにかかるんです。そして、ずっと保健部屋に寝かされ続け。最後の日にちょっとだけゲレンデに出ましたけど、出ないほうがよかったぐらいで。インフルエンザですから、当然罹患する生徒も半端なく多くて、高3の旅行者には夢と希望とウィルスがいっぱいという、とんだ移動教室でございました。

今も昔も、旅というものはいいもので。
客引きする小僧につれられて、気のいい主の貧乏旅籠、「ねずみや」に泊まったは、飛騨の甚五郎。彫刻の名人であります。向かいには景気のいい「とらや」なる大きな旅籠、しかしそれはもともとこの主のものだった。何でのっとられたかが、笑いあり涙ありの人情噺になっていて、情けに厚い甚五郎が木でねずみを彫ると、これが動きだす。話題が話題を呼び、ねずみやは興隆。ところが、とらやが金にあかせて店先に虎の彫刻を!すると木彫りのねずみはピタッと動かなくなり……。
ご存知ねずみの一席。

この噺を聞いたうちの娘が大興奮ですよ。
ほう、君は何か思うところがあるのだね?そうか、意地悪な友達でもいるんだろう、そして軒を貸したら母屋をのっとられるような出来事があったんだね?あったんだね?あってこその青春だね?と期待しつつ聞くと、
「あらいやだおかあさん、そうじゃあないよ。今度日光に行くんだよ、私。そのときに左甚五郎の眠り猫が見られるんだよね~。ねずみが動いたんでしょう。ってことは、猫だって!」
と言うから、
「バカだねこの子は。眠り猫って言うぐらいだ、寝てる猫は動きゃしないよ」
と教えてやると、急にしょんぼり。んー、何を考えているのか、落語は所詮お噺であって、じゃあ「犬の目」の噺なんかどうすんだよと思ったりもする。
思いながら、そういえば思ったよりもずっと小ぶりのその猫をじーっと眺めてみていた、六年生の自分を思い出しました。そういえば、上のほう眺めながら、動かないかなあ、と、思ってた、思ってた。
「動かない?」
「動かないよ」
「……レム睡眠でも?」
木彫りですから。
ひょっとして発情期のメス猫でもいれば、もしや……と言いかけて、ああ、あの眠り猫は子猫のサイズだったと思い出しました。もうちょっと大人にならないと、色仕掛けにも意味がない。
いえいえ、一番の問題は、それが木彫りだという事実でございました。

今も昔も、修学旅行というのはいいもんでございます、という、あれれ、ちょっと話がずれまくったところで、ああ、こうしちゃいられねぇや。またまた寄席にいってまいります!
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by u-ko_suzuki | 2008-07-21 00:22